プメイレコベサク

似たような問題に「にゅーぷめいこさん」とか「大復活髑髏コロン噴く」とかありますけど、まあこれ一つ覚えとけば他もこれの流用で解けると思います。前者なんて殆ど被ってるし、後者は「噴く」が最後って事を押さえるくらいでしょうか。・・・しかし、全部揃ってんのかなコレ。そこだけ不安。

【忘年篇】
忘年篇とか書きつつ、よくよく考えたらそんなに書く事なんて無い事に気付くという。ヒッキーには辛い話題だよね!
しかし何でしょうか。四月に社会人になってからこっち、研修で大阪に行ったりだとか、生活リズムが大学生活から変わったりだとか、んで本配属始まって更に変わったり等、仕事関係に限っても割かし様々な変化がありましたが、現状、予期していた程のキツさは無かった気がします。拘束時間だけで言えば部活やってた高校時代とそんなに変わらないわけだし、まあ当然ったら当然なのかもしれませんけれど。寧ろ、大阪での知人が出来た事、生活リズムに規則性が生まれたお陰で、学生時代より却って有効に時間が使えるようになった(上半期は問題暗記、下半期〜今は専らお絵描き)事、通勤時間がヒマなので、それを紛らすべく読書量がやや増えた事、東京に戻ってからの通勤ルートからゲーセンが消えた事でゲーセン離れが進んでいる事等を考えると、プラスの方が遥かに大きかった一年であったかも知れません。・・・まぁ最後のは「アドニス」とか「*NNK*」としての僕からすると、或いはマイナスであるかも解りませんがねー。尤も、こんなお気楽言ってられるのは責任も何も無い1年目だけだというのも、また解ってはいるのですが。モラトリアムにいつまでも浸かってる訳にもいかないし。次回のここでこの位の事が宣えるだけの効率と能力を身に付ける事が、来年の大まかな抱負になるのでしょうか。何にせよまだまだ勉強していく1年になりそうです。仕事も、趣味も。


【寺納め篇】
1Pに限界を感じて2Pを始める→1048式の出来無さ(指が届かない)に絶望→ただいまー@1P
という何ともグダグダな近況。PLが未プレイから削除待ちに変化したり、EXUSIAの3バス率が8割突破(12/14。どこぞの奇跡の魔女が何かしてるとしか思えない)したりと色々ロクでもない変化はあるのですが、どうも上達方面への変化が見られず。バドマニら辺から上が全く見えないんだよなあ。取り敢えずさっさとオリコを解禁してくれ、練習用組みたいから。基本的に毎作そうだけど、今回は殊の外出し惜しみが酷い。バカに思われそうであんま言いたくないけど、ホントにユーザ離れるよコレ。
あ、ちなみにデラ納めは 4曲目☆12ランダム選曲@乱難→ドーン→3y3s→(。U゚)って感じでした。畜生金返せバカ


【熊納め篇】
学校&音ゲー繋がりの忘年会の後、某AOU氏から某所に呼び出されて触れたのが納めになった形です。自分で言うのも何ですが、本当に触れなくなったと思います。別に引退しますとかそういう事を言う心算は全く無いのですが・・・そもそも、今更無理だし。自分でも理由が全く解りませんが、本当に火が消えた感じですとしか。携帯構えずにやると、スポ芸の問題も何故だか結構楽しめた感じがするのが皮肉でした。AGHARTAとか妙に懐かしいグロ問を多めに引いたのも一因かも。
・・・しかしまあ、色んな事があった一年でした。あり過ぎた、かも。


【総括篇】
熊のです。これ多分、ほぼそのまんまQMA7の総括になっちゃうと思います。
CN:アドニス 正解率:ノン〜理系で75/74/64/70/89/75/77/80の総合76
魔法石:76909個 ドラ優勝回数:158回 平均順位:4.72位
出場大会結果:
第3回賢流杯→2回戦敗退 
名匠戦<黄>→形式代表戦(多答)2位敗退→敗者復活→総合優勝
ル・モンド「賢界大決戦」大会:優勝 他にメインで出た大会は何かあったっけ?


※以下自分語り。興味無い人はブラウザの「戻る」をクリック!
QMA7当初の目標は「ジェネラリストを目指す」だったのですが、終わってみれば結局こんな形になってました。
いやはや、つくづく業が深いとしか・・・。元々は紫派閥の人間だったはずなのですが、気が付けばどっぷり砂の民。QMA3でとある理由*1で雑学多答にハマったのが全ての始まりでした。古参の方々は言うまでも無くご存じでしょうが、QMA3当時の雑学多答は固定問題が異常な位多く、武器として仕上げるのはそれなりにお手軽な形式だったのです。んで昔っから赤緑にヒィヒィ言ってユニとペガを行き来してた子が茶臼根性でそればっかりやってたら、今は亡きソラリスの雑学形式王決定戦で396とかいう、今から考えたら何かよく分からない数字*2を叩き出して形式王になってしまったり。無論、当時は本当にそれしか出来ない茶臼坊主だったので、本戦ではフルボッコで即退場でしたが。・・・その時の優勝者の方がとても格好良く思えまして。今度はあの場に立ってみたい、と。そこが僕の第二のスタートだったと思います。今ほどセレクトの問題数が多くない時代だったので、雑学のジャンル全体を押さえるに当たって最もネックとなるのはやはりJSTでしたし、その内2つ*3を押さえられていたというのは、かなり有利なスタート地点だったと言えますが・・・。黄色使いとしては5が全盛期でした*4。念願だったソラリスでの優勝も果たし、黄レンジャー獲得で賢竜へも出場出来たり。成績だけでなく、出場した(限定)大会の数的にも、一番充実していた気がします。そして6。雑学がジャンル分割の憂き目に遭ったり、就活が始まったりで、CNも変えて*5半年くらいライトプレイヤーをやってました。一回秋葉原の黄色大会に出たのですが、殆ど何も分からないままボコされて死んでった気がします。まあこのままフェードアウトするのかな、なんて思ってたところにソラリス閉店のお知らせ。そして最後に開かれる大会がLS限定大会。自分のQMA歴の中で、常に目標に合った店の最期。恩返しと言うわけではないけれど、参加くらいはするべきだろう、と。そこからは狂ったようにGM学芸大*6時間貸しでレッスン*7回してました。然し半年のブランクはやはり埋めきれる物ではなかったようで、全ランの代表は辛うじて取れた物の、本戦は決勝に行く事すら出来ずに敗退。あの時の悔しさと言ったらもう無かったです、本当に。と言っても2週もすればそれも薄れ、これは逆にもう黄色から手を引けと言う事かしら、と受け取ったりして、ジェネラリストを目指して色々やっていたのですが・・・名匠戦の存在を聞いて、またライスタ熱*8が再燃したというか。両D氏(大阪・大分)だとか、その他黄色使いの方の日記に中てられたのも大きいのですが、何よりやっぱり、汚名は返上しておきたいよね、というのが動機としては一番大きかったと思います。今の状態を鑑みるに、結局7でQMAやってた理由ってそれに終始しちゃうみたいだし。
はてさて、そんな感じで引っかかりも消えた事だし、8では今度こそジェネラリストを目指したいところですが・・・どうなることやらね。まあ取り敢えずの所は、ゲーセンに足を運ぶ所から始めましょうか。

*1:主に『お手伝い』

*2:御存じでしょうが、当時は全て4肢です

*3:線は4当初から「ヤバ過ぎる」と評判だったので、実は既に結構固めてた

*4:・・・ただ、クジ運はこの頃から破滅的な様相を呈し始めるのですが・・・

*5:残骸、偽

*6:こちらも既に閉店。本当にお世話になりました

*7:今から思えば本当に神モードでした

*8:黄熱病